ねぶろぐ~詩と競馬とたまにウツ~

土~月は競馬予想、レース回顧をUPします。その他の日は俺の日常、日々の想いを綴った詩をUPしていきます。詩、競馬、ちょっとウツな方の閲覧をお待ちしています。

わなびー変人

 自分で「変わっている」「変人」と自称する人を散見する(特にネット上で)が、「変人」を自称、自覚している時点で、それはさほどの「変人」ではないと思う。「変人」に憧れているだけのようにも感じられる。「真の変人」は自分が「変人」であるということにも気づいていないものではなかろうか。そもそも基準となるべき「普通」という概念が非常に曖昧なものであるし、「変人」が良い意味で変なのか、悪い意味で変なのかも曖昧である。「変人」に憧れる人というのは、猟奇殺人犯に憧れているわけではないだろう。ただ、猟奇殺人犯も「変人」ではある。当然ながらいい意味での「変人」に憧れていると思われる。たとえば著名なアスリートであり、著名なアーティスト(ミュージシャンの意ではない)である。

 自称変人は、そのほとんどの場合は俺よりもまともなように思える。その思考や経歴が「散見される程度にはありふれている」から。散見される時点で「変人」というか異端ではないだろう。良し悪しではなく、俺の出会ったなかで「真の変人」というのはたった一人。俺の親父だけ。もちろん、親父はあからさまに思考が常人のものではないし、徹底して自己中心にしか考えられない。他人への配慮というものが欠落している。なんか困っている人を見れば、「ネパールに行けばいい」「外国に行けばいい」と言い出しますしね。それができる人間か環境かなどかんがえない。自分がそれで良かったことを他者にも当てはめようとする。アスペルガー症候群としか思えない。学んだ学問と福祉施設で働いたときに出会ったアスペな青年の特質と親父は酷似していたしね。

 これは良し悪し、幸せ不幸せとは別の話。ただ、「普通」に近づけるのなら「普通」であったほうが幸せになる可能性は高いと思うし、「真の変人」は周りにさまざまな負担をかけることが少なくないと思う。自分勝手に振舞うし、話がなかなか通じないので。そんな「真の変人」の子である俺と弟ですが、半分は「普通」から逸脱していないはずの母の血もあるので、それなりに中和されている……はず。弟は高校生あたりから親父とさほど密接に話していないし、俺は俺で親父を反面教師にした部分がある。だから自称変人並みの変わり具合……だよね(笑) 
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テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

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